2007年6月18日 (月)

理不尽な親 学校苦慮 から思うこと。

今日の読売新聞に 理不尽な親 学校苦慮 という記事が第一面に載っていた。

公立の小中学校に寄せられた抗議や要求は。。。

その1

「うちの子には自宅で掃除をさせていないので,学校でもさせないでほしい」と要求。

※なんじゃ,この要求は。こんなことを言っている親の家は,家政婦さんに掃除をさせているのか?それとも親も掃除をしないで汚し放題の家に住んでいるのか?

その2

「大学進学に必要ない科目の授業は受けなくて済むように求める」

※大学に入学するだけが子どもに対する期待なのか?大学に進学することは最終目的じゃないだろう!!人としての気持ちを持った子どもにするために大学を含めた学校があるんじゃないのかな~。そんな親の子どもは公立学校に行かないで,大学進学だけを目的にしてる学校に行けばいい!

その3

「子供同士のささいなトラブルなのに「相手の子供を転校させてほしい」と要求」

※学校は人間関係を学ぶところでもある。親がトラブルにどう対処していくかを子供は見ているはず。文句を言っている親の子供も同じような考えの大人になってしまうだろうな。そんな親の元に生まれ育った子供はあまりに可愛そう。

その4

「子供が自転車でお年寄りに接触する事故を起こした際,「学校の自転車指導に問題」と主張」

※学校は自転車指導を教えるから,そんな抗議がくるんじゃないの?だから,自転車指導はしなければいい。交通安全指導は,親の責任と文部科学省が主張すればいいのに,なんでも学校で指導と言ってきた文部科学省もよくない。それに,責任を他人や学校に押し付けることを良しとして報道しているマスコミも良くない(今回の読売の報道はいいかもしれないけど,自分の自己責任であるべきことを行政などに責任があるように報道するマスコミを指していっているのである)一番の悪は,そんな主張をする親そのものにある。この言い分が通ってしまったら,その子供は本当に不幸だ。

子供は親の仕草や考え方をみて育っている。だから親と同じ考え方をする。

その親は自分の考えを持っていないから,マスコミで報道されたことが正しいと思って行動している。

やっぱりマスコミが日本をだめにしているのかな。

だとしたら,日本を立て直す一番の近道は,マスコミにあるといえることにもなる。

マスコミ関係者の方がこれを読んだら,どんな感想をもつだろうか。

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2007年4月 9日 (月)

子どもを仕込む

娘が中学に入学したてのころ。

毎朝,ある時間になったら,妻がいなくなる。おかしいと思って,戻ってきた妻に「どこに行っていたんだ」と問い詰めた。

すると妻は,娘のカバンを自転車に積んでやりにいっていたと。。。

俺はあきれた口がふさがらなかった。

中学生になった娘のカバンを毎朝,自転車の荷台に積んでやっていたのだ。

俺は「いつまで子ども扱いしているんだ!!」と叱った。

「そんなことをしていたら,いつまでも一人前になれないぞ」と。

母親は,可愛い娘ほど,手を焼きたくなるらしい。

同じような考えの母親は多いだろう。いま仕込んでおかないといつしこむのか。いつでも仕込めるのであればまだいい。やはり時期というものがある。

その年齢のときに身に付けなければならないことは,その年齢のときにしっかり身につけさせなければならない。

親は,そのことをしっかり見極めて,仕込むときには仕込んでもらいたい。

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2007年4月 8日 (日)

風林火山から思うこと(2)

其疾如風(其の疾きこと風の如く)

其徐如林(其の徐(しず)かなること林の如く)

侵掠如火(侵掠すること火の如く)

難知如陰(知りがたきこと陰の如く)

不動如山(動かざること山の如く)

動如雷霆(動くこと雷霆(らいてい)の如し)

NHKで放映されている“風林火山”は,現代の社会で病んでいる人たちに勇気を与えてくれているのではないだろうか。

先週のある部分では,母親の子どもへの接し方を晴信と三条婦人との会話から読取ることができる。

晴信の二人目の子ども次郎が疱瘡ににかかり,失明をしてしまう。そのことを三条婦人は,同じように疱瘡になり隻眼になった勘助が武田の家臣になったからと晴信に言った。

晴信は,「そなたは母じゃ,母のそなたが次郎のさだめを受け入れなければ,いかにして次郎は己の定めを受け入れるというのじゃ」

「次郎のさだめを何かのせいにしたい思いはわからぬではないが,そのような考えを持つのはそなたらしくない」と三条婦人に言う。

三条婦人を今の母親に置き換えられるのではないか。そのようにしてみると,母親のあり方が,晴信の言葉から読み取れる。

「母親として自分の子どものさだめを受け入れ,何かのせいにしない」

このことは若い親には難しいことなのかもしれないが,親として子どもにそのように接して,教育していかなければ,常に他人のせいにする子どもに育ってしまうのではないだろうか。

自分に厳しく,他人に優しい,,,そんな人間になってもらいたいと思っている。

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2006年10月31日 (火)

いじめって、、、

小学生や中学生がいじめで自殺したというニュースを聞く。

いじめる子どもたちは病んでいる。心が病んでいるんだろう。

病んでる子どもたちを、健康にするには、どうしたらいいんだろうって思っちゃう。

学校で、楽しく元気に生活できるようになれば、その病んでいる気持ちも健全になるだろう。そうすると、いじめる子どもは少なくなると思うんだが。

まずは、学校での生活を楽しいものにすることじゃないかな。

これまで、行事を減らすとかして、ほんとうに楽しい部分がなくなったんじゃないの?と思っちゃう。

学ぶことって、遊びから学ぶんだよね、、、きっと。ところが遊びは、勉強につながらないって思ってる大人が多すぎだ。

だから子どもたちは病んでしまうんだ。

教育基本法とやらを検索してしまった。(笑)

第1条に教育の目的があった。

第1条 教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

ここにも「心身ともに健康な。。。」とある。今の子どもたちは病んでいる。その病んでいる心を健康にするためには、活力ある子どもたちを生み出さねばならない。そのためにも、やる気になるような行事は、再生しなければならない。やる気になれば、学習にだって身が入るはず。、、、じゃないかな。

などと、いじめの自殺の話から、教育の話になっちゃった。

教育の話もたまには いいか。。。笑

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